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信用の器 フラスコ

1万円札にはなぜ、1万円の価値があるのか

フラスコ代表、安田です。『新しい起業のかたち』の発売を来週に控えたこのタイミングで、一見なんの関係もなさそうなことを書きます。1万円札を出したら誰もが全く疑わずに、1万円分の商品なりサービスを提供してくれるじゃないですか。これってすごく、不思議なことだと思いませんか?あれ、ただの紙切れですよね。

1万円札の原価は20円くらい

繰り返しますが、1万円札というのはただの紙切れにすぎません。造幣局で印刷するときの原価は、20円くらいだと言われています。なのでこの紙切れが1万円という高い価値で取引されるのには何か保証があるか、ないのなら「共同幻想」だということになります。

そして興味深いことに、お金が価値をもつ理由という問いへの答えとしては後者の「共同幻想」が正解に近いようです。どう考えてもこの紙切れそのものに、米とかお酒、金属やサービスと同じだけの価値はありません。電子マネーともなればもはや紙切れすら存在しませんから、価値は紙切れとは別のところにありそうです。

金と交換してくれた時代もあった

ほんの50年前には、金本位制といってお金の価値は金で裏付けされていました。中央銀行にお金を持っていったら金と交換してくれてたんですよ。金は金属として使ってもそれなりに便利ですし、きれいですし、何より希少ですからいかにも価値がある感じがしますよね。

でもそれが、あるときから管理通貨制度っていって金の裏付けがなくなったんです。昨日までは金の代わりだと思って使っていた紙幣が、突然ただの紙切れになったわけですけど、人々はあまり良く考えずに惰性で「やっぱりお金には価値がある」と錯覚して使い続けている、そんな気もします。

受け取り手が存在するから?

ただ、みんなが誤解をしてお金に「価値がある」と思っている間は、実際に価値があります。明日、米屋が米を売ってくれることを信じられるなら、お酒の代金としてお金を受け取ることに問題はありません。そうやって経済は回り続けています。

この状況下で「いや、俺はそんな紙切れなんて信じない。うちは物々交換でやらせてくれ」と言っても、取引の相手にとってはそんなのめちゃくちゃ不便ですから、じゃあ他の人から買うわということになってその人は競争から脱落してしまいます。

ある日あなたが突然、1万円札に価値がないということに気づいてしまっても、価値があると信じ続けて行動しないと仲間はずれにされてしまうわけです。だから降りられない。従って1万円札には価値があるんです。巨大な共同幻想ですね。

政府や日銀を信じているから?

っというのが正解に近いのですが、専門家の人なんかはこう説明するでしょう。「いやいや、国家や中央銀行に対する信任があるから成り立つのだ。信用によって裏付けられているのだ」みたいな。これ、割と一般的な説だと思います。

1,000兆円を超える負債がある国家を、信用して良いのかというのはさておき、お金の裏付けは信用だというのは本質的です。ツケ払いであるとか電子マネー、クレジットカード、フラスコのポイントというのも本質は全て同じで、その発行者のことを信用しているから価値があるんですね。

何かあっても、何らかの形で国家が責任を取ってくれるでしょ、っていう非常にふわっとした期待感でお金の価値は支えられているというわけです。突き詰めて考えると、それって大丈夫なんだっけと不安になります。

答えらしきもの、それは「税金」

そんな折、先日読んでいた本の中に、もっと腑に落ちる説明を見つけました。『MMT 現代貨幣論入門』に書いてあって文章は正確な引用ではないのですが「紙幣が価値を持つのは、それで税金を納めることができるからだ」みたいなことです。

最初は物々交換をしていて、そのうち貝殻になって、それが金銀になって貨幣になったという俗説は嘘だと。最初から貨幣というのは、税金を収める手段として価値を持ったのだと。国家という暴力装置(とまでは書いてなかったかな)が、それで収めなかったら刑罰を与えるという強制力によって価値を持たせているのだと。最終的な受け取り手として徴税をする国家があるのだと。

これ結構、目からウロコでした。おお、国によって税金を収めさせるために貨幣(紙幣)という幻想が生み出され、なんなら我々は税金を収めるために働かされているじゃないかと。それを読んで私はなんだかかなり、お金の本質に迫れたような気がしたものでした。

お金の話は信用の話である

私は、お金の話が大好きです。経済学部を卒業し、日本生命という金融機関の投資部門で10年以上も仕事をし、個人でも株や不動産に投資をしてきました。お金の本質を知りたくて、起業をしたようなところもあります。お金って、面白いじゃないですか。

でも、そのことを言うとあっという間に誤解をされてしまうので、普段は言わないようにしています。『信用の器 フラスコ』も『新しい副業のかたち』も『新しい起業のかたち』も全て、つまりはお金の話をしていると思っています。

お金というのは信用がかたちを変えたものであり、信用のことを考えるときお金について正面から捉える必要があります。「お金のことを考えるのは汚い」なんていう洗脳が世にはびこっていることも、その意図を思うと実に興味深いことじゃないですか。決めた、やはり次はお金に関する本を書こうと思います。だって、お金の話は面白いから!

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