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信用の器 フラスコ

誰を優先して助けるべきか 〜1%の寄付先について考える〜

フラスコ代表、安田です。今年はダーウィン売上の1%を寄付するということを目標にしています。ではいざ寄付をするとなると、どこに寄付するのが良いのかなという問題に直面するわけです。

寄付をする目的とやり方

そもそも寄付をするのには、明確な目的があるわけではありません。たまにこんな感じで活動報告はしますが、いわゆるCSRみたいな感じで間接的なダーウィンの広告としては機能しないでしょうし、またその意図もありません。

目的は単純というか割と曖昧で「寄付をするのは良いことで、何かの役に立つ。自分も嬉しいしメンバーの方々も嬉しいなら誰も損しない」くらいの話です。そして私やメンバーの気持ちが高まれば、1%くらいの寄付なら何らかの形で「元が取れる」だろうという雑な意思決定です。でも直感的には、成立しているんじゃないかと思っていたりします。まあ、実験ですね。

寄付の原資はみなさんからお預かりしたお金、とも言えるのですが厳密には私の会社の売上・利益の中から出すということでもあり、寄付先については軽くご相談はしますが多数決とかはしません。私が独断で「良い」と思ったところに寄付をします。そもそもこの「良い」の基準が人によって全く違うのが、なかなか悩ましい問題なんです。

「良い」こととは何か

ちょっと考える分には、一番困ってる人にお金をあげるのが良さそうな気がするじゃないですか。でもその、一番困ってる人って誰なのっていう話です。アフリカで学校にも行けずお腹を空かせている子供なのか、虐待されている日本の子供なのか、明日にでも自殺したいと考えているお年寄りなのか。

トリアージって知ってますか。戦争や大事故の現場でどういう優先順位で人を救うかという考え方なんですけど、軽症の人をあとまわしにするのは良いとして、もう助からないとか助かる可能性が低い人の優先度を下げるんです。それより、今すぐ手当したら助かる可能性の高い人を最初に助ける。これがトリアージです。ドラマとかで黒・赤・黄色など色分けするあれです。

そのトリアージも寄付先の選定にはあると思っていて、なかなか助けられないけれども悩みが深い人を優先するか、費用対効果が高い人を優先するか。私なんかは、そういういろんな意味で「困っている」人がたくさんいる中で「サラリーマン」を最初に救うと決めたわけです。直感的な話であり、これが正しいかどうかすら、私にもわかりません。

ずっと気になっていること

なんだか重たい話になってきましたが、寄付先について真剣に考えると、そういう話になるということです。日本赤十字とか有名どころにぽんと預けてしまって、毎月定額をサブスクリプションで寄付できるように設定しておけば、こんなことを考える必要はなくなるわけなのですが、それも寂しいと思うんです。せっかくだから、毎月1回くらいはちゃんと考えたい。

何のためにビジネスをやっているのかとか、次のステージでの方向性を決めていく上でとても大切な議論だと思うんですね、これ。で、ずっと気になっていたのは、フラスコや情報発信はともかくダーウィンに限って言えば、「本当の弱者は救えない」んじゃないかなということなんです。

ダーウィンは本気で人生を進化させたい人だけが対象で、依存的な人や学ばない人、考えない人、行動しない人を排除しています。実際、そういう人が参加しても結果が出ないので、ムダなんです。ただこのことを伝えるとき、「でもそういう人も、自分でそうなりたくてなったんじゃないんだよな」ということがいつも頭をよぎるんですよね。

カバーできていない分野

確かに、考え方を変えることや努力によって人生を進化させることができると私は信じてはいます。しかし遺伝子と生まれ育った環境によりかなりの部分が決定されてしまっているというのも事実で。学んで考え方を変えられるとか、努力ができるという性質についても環境によるところもあるよなって。

シングルマザーでお金がなくて・・・というご相談があっても、ダーウィンはなかなかお勧めできません。今はお金をかけずに、まずはお仕事をきちんとやりながら、本を読んで、フラスコを使って実験を始めましょうかと言わざるを得ません。そういう人に甘い夢を見させる「ひよこ喰い」は自分ではできませんし、許せません。

安くしてあげたらって思う方もいるかもしれませんが、安くしたりタダでやってもダメなんです。そうすると結局は本気で行動できなくて結果が出ず、その人はコミュニティにも居づらくなってしまいます。だけどせめてこの方のお子さんだけでも、救えないものかなっていつも無力感を感じてしまうんですよね。

ミッションと寄付先の「結論」

いつもそんな感じで、心の奥底でくよくよ悩みながら(傍からは冷静沈着、あるいは冷酷に見えるかもしれませんが)前に進んでいるわけです。そういう悩んだときはミッションに立ち返る、というのが基本です。私のミッションは『誰もが自由で、好奇心あふれる生き方ができる世界を作る』なんですね。

ろくに目の前の人を救うこともできないのに、何が「誰もが」だよって思うのですが、何かできることはないのかというもやもやの一つの現れ方として「寄付をしよう」と思い立ったのかもしれません。そして、悪い環境に長年いて考え方が固定してしまった人よりも、これから大きな可能性がある子供を優先的に助けていこうというのが私のトリアージです。

これを言うとややこしくなるのであれですが、世界で一番かわいそうなのは家畜じゃないのかっていう疑問がたまに頭をよぎります。でもいったん対象は人間と限定させて下さい。その上で、未来のある子供に適切な教育を与える、というのを第一優先として、悩みながら寄付先を決めていきたいなあと思っています。まあ、現状としては「そんな感じ」としか言えないのですが。

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